キャンプでの大人の楽しみといえば、なんといっても夜の晩酌。外で焚き火や星空をつまみに呑むお酒は、自宅で呑むよりさらにおいしく感じられますよね。
そしてせっかくなら、道中で地元ならではの地酒を買って、キャンプ場で味わうのも乙なもの。生産者の現場取材&現地で実食シリーズ、産地直〝食〟なソトごはん。今回は、島根県安来市にある創業300年の酒蔵、吉田酒造こだわりの日本酒「月山」をご紹介します。
〝日本一やわらかい水〟を使った超高難易度の酒造り
日本の米どころであり、古くから神事で御神酒を飲む機会が多かった島根県には、たくさんの名酒があります。その中でも江戸時代から創業300年の歴史を持ち、〝軟水最高の日本酒〟と名高いのが、安来市の吉田酒造が造る日本酒「月山」です。
その一番の特徴は、「フレッシュで飲みやすいこと」。一口飲めば、ふだんの日本酒とは全く違った、透き通るような味わいが口の中に広がります。
その理由は、吉田酒造では〝日本一やわらかい水〟といえる硬度0.1~0.2ほどの「超軟水」を使用して酒造りをしているから。じつはこれ、酒造りとしてはとても難しいことなんです。
硬水には酵母が栄養とするミネラルが豊富に入っていて、発酵が盛んに進みます。そのため醸造の失敗が少なく、日本では古くより酒造りには硬水が使用されてきました。
一方で軟水はミネラルなどが入ってない水になるので、酵母の栄養は純粋に米のみ。米からの栄養が不足するとすぐに発酵が止まってしまうので、醸造が難しいのです。
さらにそれが吉田酒造のように、ものすごくやわらかい水を使用した酒造りならなおさら。
それなのにどうして、あえてこの軟水を選んで酒造りをするのでしょうか。
「酒造りがしやすいのは、たしかに硬水です。でも、じつは日本人は軟水体質なので、飲みやすいのは軟水なんですよ。
ヨーロッパに旅行に行くと、水を飲んでお腹を壊す方がいるじゃないですか。あれは向こうの水が硬水だから。体質的に軟水の方が、日本人に向いているんです」
そう語るのは、吉田酒造の5代目、吉田智則さん。こうした理由で軟水を使用して日本人にも合うお酒をつくった結果、初めて日本酒を飲む人にも「飲みやすくておいしい!」と驚かれるようなお酒が仕上がるようになったといいます。
さらに、軟水でつくるメリットは飲みやすさだけではありません。
「硬水のお酒は絞ってからしばらく熟成させないといけないんですが、軟水のお酒は、しぼった瞬間から飲み頃になります。やわらかいからすぐ飲める。うちはその特徴を活かして、あまり寝かさずにお酒をどんどん出荷しています」
熟成をさせない軟水のお酒は、誰でも飲みやすいフレッシュな味わい。
また、香りや味もそのまま活かせるので、米本来の旨みを感じられやすいお酒なのだと吉田さんは言います。
ちなみに仕込みに使う軟水はただやわらかいだけではなく、江戸時代広瀬藩の歴代藩主が最もおいしいと愛飲していた「不昧流(ふまいりゅう)茶道」に使われた名水。この水を使って仕上げた月山は、米の旨みがふわっと追いかけてくる、透明感のある飲み口になっています。
ちなみに吉田酒造の横には、この名水を汲むことのできる場所があります。立ち寄りの際には容器を持参して、その名水の味を確かめてみるのもいいですね。
上質なお米を磨き真っ白なもろみを作り上げる
もちろん、吉田酒造のこだわりは水だけではありません。
お米は、地元の契約農家で栽培した良質な米を使用。それを酒造内の機械で徹底的に精米します。
「お米の周りの部分はおいしい旨み成分です。しかしお酒にとっては、この部分は雑味になってしまうので、どんどん削って、真ん中の純粋な炭水化物のところだけを使います」(吉田さん)
ちなみに精米の過程で出た粕やぬかなどは、農家さんが肥料にしたり、米粉は地元のせんべい屋さんがせんべいに使ったりと、無駄は一切ありません。
こうして磨き上げられたお米は溶けやすくするために一度蒸され、麹菌を入れて麹へと姿を変えます。
そしてこの麹、酒母と蒸米、軟水をタンクに入れて発酵。ここで一カ月をかけて出来上がるのが、お酒のもろみです。お米と水入れて仕込むと、お米が水を吸い込んで、ふわっと膨らんでゆきます。
もろみをつくる冷蔵室の中には、タンクがずらり。
お米を一気にすべてを入れてしまうと、酵母密度が足りず、雑菌が入ってしまう可能性が高くなってしまうので、お米を少量入れて、酵母をゆっくり増やしていきます。だんだんと増えてきたら、またちょっとだけ米入れる……という風に長い時間をかけて少しずつ丁寧に作られます。
タンクの中で発酵している真っ白なもろみは、ふっくらと泡立っていて、これだけでもとてもおいしそう。これをあまり濾さずに仕上げたのが、どぶろくになるのですね。