「気象遭難」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。悪天候下で行動不能に陥って遭難することを指しますが、本当にそんなことが起きるのでしょうか?
フィールドでのリスクを避ける方法を、筆者が実際に体験した実例も踏まえて解説する本シリーズ。今回は、衣服のチョイスの重要性についてです。
夏に寒さで死ぬなんてことがあるの?
2009年7月16日、北海道大雪山系・トムラウシ山で、ツアー登山をしていた18名中、ガイドを含む8名が死亡するという衝撃的な事件がありました。日本の夏山登山史上最悪の遭難事例で、記憶に残っている方も少なくないと思います。
強風と低温、疲労などによって、メンバーが次々と低体温症に陥って行動不能になった、典型的な気象遭難事例です。ほかにも、10月の立山や白馬岳など、気象遭難による死亡事例は意外と多くあります。
山岳特有の気象条件とは
山地では、平野部と異なり、天候が急変することは珍しくないし、山麓が晴れていても雨が降ることもあります。
また、標高が100m高くなると、気温は約0.6℃低くなるとされています。例えば、標高1000m程度の低山であっても、山麓より5~6℃も気温が低いのです。前述のトムラウシ山の遭難事故の場合、一時的な冬型の気圧配置になっていたこともあり、標高2000m近い現場では、気温が10℃を下回っていたようです。低温と強風のため、体感的には冬山並みの厳しいコンディションだったことが伺われます。そして、前日からの雨で、着衣が濡れたまま乾かなかった方もいたようです。衣服が濡れていると、低体温症のリスクがぐっと高くなるのです。
山では、夏でも注意が必要な低体温症。寒い季節はなおさら、しっかりとした寒さ&濡れ対策が重要となります。
山の寒さに発熱素材ヒートテックで立ち向かえるか?
寒い季節の強い味方と言えばヒートテック。身体から放出される水分を熱に換えてくれるポカポカ素材は、愛用している人も多いと思います。
ヒートテックが発売された時、筆者も速攻で購入しました。
着てみると、肌触りはいいし、たしかに暖かい。古くからある発熱素材「ブレスサーモ」と比べると断然安い。これはいい!と思ったのですが……。
登り始めて身体が温まってくると、あったかいを通り越して暑い。やがて、バックパックと接している背中の部分は汗でびしょびしょに。そして、濡れた背中はその日のうちに乾くことはありませんでした。
あとで知ったのですが、ヒートテックに使われている「レーヨン」は、濡れると乾きにくい素材。「発汗量が多くない日常生活レベルでは暖かく快適」けれど、「発汗量が多いと水分が飽和してしまい、濡れて乾かない」もの。
つまり、登山などの発汗量が多いシーンには適さない素材であるということです。
厳しい山岳環境から身を守るウェアとは?
低温や風、濡れなどによって、体温が奪われると、低体温症に陥るリスクがあります。それを防ぐために、衣服には次のような機能が求められます。
●身体を濡らさない=防水性
●汗などで濡れた場合にもすぐ乾く=速乾性
●体温を保持する=保温性
●風をさえぎる=防風性
登山向けブランドのウェアは、これらの機能に特化したものです。日常向けのカジュアルブランドとは全く特性が違います。
そして、さらに付け加えたいのが「汗処理」という機能です。
登山中、きつい登りではたくさん汗をかくものです。とくに、バックパックと接している背中部分や、下着も含めて一番衣類の重なりが多い体幹部の汗はなかなか乾きません。そういう状況で、汗冷えを解決するのが、「汗処理」機能を盛り込んだウェアなのです。