伊勢と熊野は江戸庶民の憧れの地
元祖日本のロングトレイル、熊野古道。紀伊半島の奥地、「熊野三千六百峰」といわれるほど多くの峰々が連なる、深い山中に鎮座するのが熊野本宮大社です。そして、本宮大社から熊野川を下った、河口に近いところにあるのが熊野速玉大社、その少し西側の那智山にあるのが熊野那智大社です。
「熊野三山」と呼ばれるこの三社がある熊野へ伊勢神宮から向かう道、それが総延長170kmの「伊勢路」です。巡礼の旅に出ることが人々の悲願だった時代、伊勢参りと熊野詣は大きな憧れでした。
十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の中に、
伊勢へ七度 熊野へ三度
愛宕様へは月参り
というフレーズが出てきますが、一般庶民にとっては、伊勢も熊野も、そう気軽に行けるものではなかったようです。とくに、江戸など東国からの巡礼者にとっては非常に遠いところなので、伊勢まで来れば熊野へも詣で、そのまま西国巡礼へ向かう、ということも多かったようです。
黒潮ブルーと雄大なる太平洋を眺める旅路
深く険しい山の中を進むことが多い熊野古道ですが、紀伊半島の海沿いを往く伊勢路と大辺路は、黒潮が洗う豪快なリアス式海岸と、どこまでも青い太平洋を眺めながら歩ける、眺望抜群のトレイルです。
心地よい日差しの中、爽やかな海風に吹かれながらのトレッキングは最高で、とても気持ちがいいです。
三重県伊勢市にある伊勢神宮から、熊野三山を目指す「伊勢路」。一部峠越えのパートもありますが、海岸沿いを通る部分が多いので、険しい山の中をたどるほかの熊野古道と比べると、比較的平坦で歩きやすい道です。
また、古道と並行して、JR紀勢本線が通っているので、パートを分けて歩くことも比較的に容易。今回は、春におすすめの絶景コースをご紹介しましょう。
伊弉冊尊(イザナミノミコト)が眠る「花の窟」
JR紀勢本線の有井駅から海側へすぐのところにあるのが、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産に登録されている「花の窟(いわや)」と呼ばれる神社。
夫、伊弉諾尊(イザナギノミコト)とともに国生みを行った伊弉冊尊(イザナミノミコト)が、火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産んだことによって身罷(みまか)られたのちに、葬られた御陵なのです。
『日本書紀』の記述によると、日本最古の神社とされていますが、社殿はなく、海辺に佇む巨大な岩がご神体。
そそり立つ巨岩を間近でお詣りすると、古代から人々が敬い、信仰し続けてきたことが実感できる神々しい雰囲気が漂っています。
岩の上には、日本一長いとされる約170mの大綱が掛けられています。この綱は、今でも稲わらを手作業で綯って作られており、三重県の無形文化財でもある「御綱掛け神事」によって掛け渡されます。花の窟は海に面しており、眼前に広がる海岸線が、世界遺産の「七里御浜」です。
熊野灘の青い海と陽光に輝く白い砂浜
七里御浜は、熊野市から紀宝町にかけて約22km続く、日本で一番長い砂礫海岸です。荒々しい黒潮が打ち寄せる浜には、「みはま小石」と呼ばれる、色とりどりの美しい小石がたくさん。アクセサリーなどに加工して販売されることもあり、ハイカーがお土産に拾っていく姿もよくみかけます。
雄大な海と空を眺めながら海岸線を北上していくと、まるで獅子のようなシルエットの岩が見えてきます。世界遺産であり、国指定の名勝・天然記念物でもある「獅子岩」です。
地盤の隆起と海蝕・風蝕などの作用によって形成された、迫力ある姿が特徴です。まるで太平洋に向かって獅子が咆哮しているように見えます。
古来より、隣にある「神仙洞」と共に、熊野市の山中に鎮座する「大馬神社」の狛犬とされ、畏敬されてきました。