「野湯(のゆ)」とは、自然のなかで自噴していて、人の手が加わった商業施設が存在しないような温泉のこと。「日本国内にそんな所が存在するのか?」と思う人もいるかと思うが、じつは人知れず湧出している野湯は全国各地にある。
この連載では、著者が体験した手つかずの大自然のなかで格別の満足感を味わえる野湯を紹介してゆきたい。今回は、田園風景のなかに突如現れる、山形県の土管の湯へと向かう。
土管のなかにドボン! 田園風景にある爽快な野湯
前回訪れた鳴子温泉郷から国道47号線を西進。山形県との県境を越えて県道262号に入って南下し、満沢(みつざわ)の集落を目指す。日本全国どこにでもあるような、田舎の田園風景が広がる集落。その入口手前の田んぼの端っこに、小さな小屋がある。
細い畦畔の道を歩いてその小屋の方へ行くと、その横に土管が縦に埋まっており、そこからお湯がドバドバとあふれ出ていた。小屋には田畑に温泉を配水するための電動ポンプのようなものがあり、農機具などが置かれている。満澤温泉の田園風景のなかにある「土管の湯」とでもいうべきか。
手で触ってみると、湯温は30℃程度でぬるめ。寒い時期でなければ入湯できそうだ。訪れたのは5月だったので、ちょうどいい湯温である。
早速、その土管のなかにドボンと入ってみる。豪快にお湯があふれ出して爽快な気分になるが……底に足がつかない! 両手で土管の縁を掴んでつま先までのばしてみるが、それでも底には届かなかった。どうしたらいいのだろう。
土管の直径は70cm程度。なので今度は、腰と足で支えてみる。そうすると、沈むことなく快適に入湯することができた。ちょっとほっとした気持ちである。底からは勢いよくお湯が湧き出しているようで、お湯がじゃんじゃんあふれて、なんだかゴキゲンな気分になる。
すぐ近くにある県道は生活道路なのでクルマからの視線は気になるが、快適さは羞恥心を吹き飛ばしてくれる。目の前に田園風景が広がるなかで入湯するのは、とても気持ちがいい。
足が届かない深い土管だったが、出る時は下から湧き上がる温泉に押されて、まるでプールから上がるように簡単に脱出することができた。