毎年秋に日本を出発する南極地域観測隊。その候補者となった人たちは、出発の約8カ月前に南極行きのための準備を開始します。隊での役割や滞在期間などによってその内容は異なりますが、まず候補者全員が参加することになっているのが冬期総合訓練、通称「冬訓」です。
冬訓ではまだ雪深い山にこもって、サバイバルに必要な技術を習得します。南極という未知の大陸へ向けて、どんな訓練が行われているのでしょうか。国立極地研究所の永木毅(ながきつよし)さんにお話を伺いました。
一歩間違えば死につながる南極で、すべての人が身を守れるように
永木さんはこれまでに5回の南極行きを経験し、2023年度の第65次南極地域観測隊の夏隊でも副隊長を務めることが決定している、南極の大ベテランです。
「すべての人が自分の身を守れるようにするため、候補者全員で行うのが冬訓と夏訓です。夏訓は座学ですが、冬訓は雪山で過ごし、環境に慣れるための訓練をします」
大学で山岳部に所属していたという永木さん。南極観測が始まった当初は、安全管理は個人に負っていた部分が多く、隊員は冬山登山の経験のある人がほとんどだったといいます。
しかし近年、冬山登山の経験のない人も多く南極観測に参加するようになりました。そのため、野外での観測や作業時の安全対策を担う「野外観測支援」の担当者も設けられるようになったといいます。
それでもやはり南極には多くの危険があり、医療も限られています。緊急事態にも対応できるよう、隊員それぞれが安全に関する知識や技術をひととおり身につける必要があるのです。
雪の中での過酷な訓練に隊員たちは悪戦苦闘
冬訓が行われるのは毎年3月ごろ。長野県東御(とうみ)市に位置する、標高約1700mの湯の丸高原にて、4泊5日で実施されています。
「越冬隊と夏隊、夏隊の同行者を含めた候補者全員が集まるので70~80人になります。観測隊経験者も毎回参加するので、顔合わせのような雰囲気もありますね」と永木さん。
講義を受け、装備の使い方やテントの設営、負傷者搬送などを屋内で練習したら、いよいよ雪山でのフィールドワークです。
主な訓練のひとつがテントの設営です。班ごとにテントを張り、食事を作り、食べながら隊員同士で交流を深めます。もちろん夜はそのテントで就寝。このほかにスノーシューを履いての雪上歩行訓練や、負傷者搬送訓練も行います。
雪山でのテント泊や登山経験がある人はそう多くありません。天気はいつもよいとは限らず、吹雪になることも。それでも皆、慣れないながらも懸命に取り組みます。
「実際は基地を拠点とするので、全員が南極でテントに泊まるわけではないんですよ」と永木さん。また、現地ではスノーシューを履く機会もほとんどないとのこと。
「日本ほど雪がやわらかくないので。だからこれは自然環境に合わせる訓練ですね」
雪の中で行動し、極寒の環境の厳しさを感じることが、訓練の目的のひとつなのです。