「野湯(のゆ)」とは、自然の中で自噴していて、人の手が加わった商業施設が存在しないような温泉のこと。「日本国内にそんな所が存在するのか?」と思う人もいるかと思うが、実は人知れず湧出している野湯は全国各地にある。
この連載では、著者が体験した、手つかずの大自然の中で格別の満足感を味わえる野湯を紹介してゆきたい。第四回は湖と一体化した野湯、北海道の奥の湯・オヤコツ地獄へと向かう。
温泉天国! 屈斜路湖の和琴半島に眠る野湯
北海道には多くの温泉地があり、その数は約250と47都道府県の中で最も多い。野湯はそこには含まれていないが、温泉がこれだけ多いのだから、野湯の数も間違いなく日本で一番多いだろう。いまだに発見されていない、人知れずひっそりと湧いている野湯もいくつもあるに違いない。
そのような北海道の中でも、屈斜路湖周辺は有数の温泉天国である。日本最大のカルデラ湖である屈斜路湖は、火山の噴火でできた湖だ。一帯は比較的新しい火山地帯であるため、湖畔ではあちこちで温泉が自然湧出しており、湯船と脱衣室がある場所もある。
温泉は、湖の南側から突き出ている和琴半島に特に多い。人工施設のない自然のままの野湯は、この半島にはわかっているものだけで2カ所存在する。
自然を探勝しながら最後はヤブコギで進む
和琴半島には、1時間ほどで半島を一周できる自然探勝路があり、東岸の湖畔から少し離れたアップダウンのある道を進む。このあたりはミンミンゼミ北限の地で、火山活動による地熱で生き残ってきたといわれている。そんなミンミンゼミの鳴き声を聞きながら、気持ちのよい森の中を歩いてゆく。
和琴半島の自然探勝路は歩きやすい道ではあるのだが、2016年に北海道を襲った4つの台風の影響で、倒れかかって宙に浮いている状態の「かかり木」が残っていた。頭上に注意しながら進む。
湖岸にある野湯をしっかりと目を凝らして探していると、石を積んだ堰で囲われたように見える場所を発見。
しかしそこに向けた道はなかったので、急な崖を避けて大回りし、傾斜の緩い斜面を雑草を掻き分けながらヤブコギで降りてゆく。
雄大な屈斜路湖の景色を水面から眺める
斜面を降りてたどり着いた湖畔の石の囲いの中は、もちろん温泉であった。
一見すると上澄みはキレイなお湯に見えるのだが、底には腐った落ち葉などがたくさん沈殿している。中へ足を入れるとたちまちそれらが舞い上がり、体を沈めると全身が落ち葉まみれになってしまう。しかし、少し野湯の底を掘ってしばらくすると、舞い上がった落ち葉も再び沈んで、ちょうどよい湯船になった。
崖側の岩の隙間からは少し熱めの温泉が湧出しており、湖水とブレンドされてほどよい湯加減となっていた。石の囲いを作ってくれた先人たちに感謝したい。
入湯しながら湖を眺めると、覆いかぶさる樹木の向こうに、水面と同じ高さで屈斜路湖が広がっていて、対岸の山々がたおやかに横たわってる。
希少な湖畔の野湯から、雄大な屈斜路湖を眺める。キツツキが木をつつく音を聞きながら、最高の景色に酔いしれた。