第171回芥川賞受賞作『バリ山行』が山好きの人たちの間で話題になっています。タイトルの「バリ」とは、バリエーションの意味。一般的な登山道ではないルートのことを「バリエーションルート」と呼んだりしますが、本書における「バリ山行」という言葉も、概ねそのような概念です。
メインの舞台となっているのは、筆者のホームマウンテンである「六甲山」。ということで、今回は本書で描かれている主な登山ルートを紹介します。
海と街並みを一望する風吹岩からの絶景
主人公は、「波多(はた)」さんという30代の男性サラリーマン。前の職場でリストラに遭い、転職して2年。社内の飲み会などにもなるべく顔を出すようにしていたものの、それが少しおっくうになってきた頃、同僚から声をかけられて社内のグループ登山に参加する、というところから物語が始まります。
中学生の頃、部活の合宿で山に登らされて以来、登山には縁がなかった波多さんですが、ちょうどジムを退会して運動不足だったこともあり、アウトドアにもちょっと興味があったのです。
最初の社内登山は、芦屋川からロックガーデンを登り、東おたふく山、六甲最高峰を越えて有馬温泉へ下山するという六甲登山のテッパンコース。ここからそのコースを、写真付きで詳しく解説していきます。
屈指の人気を誇る六甲登山の王道ルート
登山歴20年で、言い出しっぺの松浦さんが立てた計画は、「阪急芦屋川に集合して高座川沿いから登る。ロックガーデン、風吹岩を経て雨ヶ峠。そこから更に登って山頂へ」というもの。
<山の手の住宅街を行き、やがて道の先に濃緑の暗がりが見えた。そこが登山道だった。山に入ると、すぅっと空気が変わるのがわかった。頭上を樹々が覆い、木洩れ陽が地面に散っている。登山道の脇は崖になって深く落ち、その底には渓流が見えた。歩いていると、崖を昇ってくる水のあまい匂いがする。駅から歩いて二〇分。街のすぐ近くにこんな景色があることにまず私は驚いた。>
まさにこの描写の通りで、市街地からいきなり、木々に囲まれた森の中に飛び込む感じです。さっと幕を開けたかのように山の中になるのが、このコースの面白いところだと思います。
<ロックガーデンと呼ばれる場所は傾斜の急な岩場で、一見すればとんでもない難所に思えたが、取りついてみると、うまく配置されたように手掛かりや足掛かりがあって、面白いように登ることができる。松浦さんの解説によれば、定番のこのコースは昔から多くのハイカーが登ることで土が削れて岩が狎れ、天然自然のアスレチックになっているということだった。>
ロックガーデンは風化花崗岩が露出したエリアで、見た目にもインパクトのある景色が広がっています。けっこう険しい岩場ですが古くから人気のコースで、みんなが踏むところは階段状に岩が削れて、案外簡単に登ることができるのです。
<登山道の曲がりにある広場からは神戸の街が一望できた。山裾の先に街と海が薄靄になじむように青く溶け合っていた。遠望する山脈は本当に青い。>
六甲山には、海と街並みが一望できるビュースポットがたくさん点在しています。ちょっと登るだけで、なかなかゴージャスな景色に出会えるのが六甲山の魅力の一つ。
「風吹岩」も、このコース上では景色の良さで知られるスポットで、おそらく波多さんたち一行もこの場所で休憩したのでしょう。