「野湯(のゆ)」とは、自然のなかで自噴していて、人の手が加わった商業施設が存在しないような温泉のこと。「日本国内にそんな所が存在するのか?」と思う人もいるかと思うが、実は人知れず湧出している野湯は全国各地にある。
その形態は様々で、ヤブやガレ場、川の中など、道なき道のはてにある難関もあれば、遊歩道沿いやクルマが通行できる林道沿いにあり、誰でも行きやすい野湯もある。
この連載では、著者が体験した、手つかずの大自然のなかで格別の満足感を味わえる野湯を紹介してゆきたい。
野湯天国の八幡平エリア
東北屈指の温泉密集地帯である岩手県と秋田県の県境付近の八幡平エリアには、多くの野湯が点在する。そこにある「硫黄取りの湯」はお湯の泉質、新鮮で綺麗で豊かな湯量、あちこちにある豊富な湯船、開放的で雄大な素晴らしい景色、加えてアミューズメント的要素もあり、野湯の様々な魅力や快適さが凝縮されている。もし野湯愛好家で全国の野湯の人気投票を行なったとしたら、間違いなくトップクラスになるであろう。
八幡平を東西に貫く全長27キロメートルの山岳ドライブロード、八幡平アスピーテラインの秋田県側、後生掛温泉の大きな公共駐車場がアクセスの起点である。
登山道には次々に湿原が現れる
駐車場から西に歩き出すと一旦沢に降りてから登りはじめるが、ブナの原生林の中を15分ほど、標高差100m程度登ると突然視界が開けて、ベコ谷地と呼ばれる広大な湿原に出た。
ここは1980年代頃までベコ(牛)が放牧されていた場所のため、そのように命名されたようだ。山の中腹にあるぽっかりとした湿原は、いきなり別世界に迷い込んだような幻想的な雰囲気があった。
湿原を縦断して10分も登ると東北一高い場所にある、東北電力澄川地熱発電所の裏に出た。
このあたりから道は荒れてきて、腐葉土の泥濘も増えてきたのでスパッツを装着して歩く。
緩やかな登りを西に標高差50mほど稼ぐと、小さな湿原に出た。リンドウがたくさん咲いていてちょっと癒される。
そこから2~300m先にもまた湿原があり、前方の視界が開けて、はるか下方に沢が見えた。
上流に向かえば適温湯船が見つかる
さらに進むと道は山肌を巻いて西南西に続いており、その沢に向かって緩やかに下って行く。
沢には温泉成分で白くなった流れがあり、ほのかに湯気が上がっているのを確認することができた。河床は湯の華が沈んで白く染まっているのが遠くからでもわかり、良質の濃い温泉が流れていることを彷彿させる。
登山道が沢に到達した地点で早速、胸を膨らませながら流れに手を入れて湯温を見る。30度ほどで温く入浴するにはそれほど快適ではないレベルでちょっと期待外れ。しかし上流を見上げるとあちこちで湯気が立ちのぼっていた。
流れに沿って沢を遡りながら随所で手を入れて湯温を確認しながら登っていく。
徐々に40度程度の適温に近づいていくのが手を入れる度にわかってワクワクする。あちこちに白いガレ場が広がるこの谷では、随所で温泉が湧き出ており、その温泉が集まり、沢をなして流れているため上流ほど湯温が高いのだ。