ビンボー旅行のバイブル的一冊
本書は、70歳近くなった今も現役の旅行作家である著者が、1988年6月から翌年11月にかけて、雑誌『週刊朝日』の企画で、1回あたり予算12万円の旅をした時の物語。ヒマラヤ、カリブ海、ユーラシア大陸陸路横断や北米陸路横断縦断など、限られた予算の中、トラブルに巻き込まれたり、人の親切が身にしみたりしながら、世界の人々の素顔や生活、旅の喜怒哀楽を綴ったビンボー旅行のバイブル的一冊です。
著者の下川裕治さんとは、今でこそ一緒にお店でYouTubeのライブ配信をしたり、 お店の新刊発売記念イベントに頻繁に出演してもらったりして、かなり近しい間柄になっていますが、旅の本屋を始める前は、だたの一ファンとして下川さんの旅行記を読んでいたので、凄く不思議な気がします。
そんな日本のバックパッカーの教祖的な存在である下川さんですが、1990年に発売された本書が旅行作家としての実質的なデビュー作。それ以来、30年以上に渡って旅の本を書き続けているのは本当に凄いことだなと思います。しかも、本書の中でもそうですが、お金をかけない貧乏な旅のスタイルを貫いていることは、見事としかいいようがないですね。
本書を初めて読んだのは、大学生4年生の頃でした。すでに、沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読んで、海外放浪の旅の面白さに目覚めていたのですが、『深夜特急』が旅そのものへの心持ちというか旅心のようなものを気づかせてくれたのとは対象的に、下川さんの『12万円で世界を歩く』は、どうやったらお金をかけずに海外旅行を楽しめるのかといった貧乏旅行のノウハウ、旅の技術的な部分を教えてくれた気がします。
例えば、ガムテープが1巻あれば、安宿の洗面台に栓が付いていない時でもガムテープで栓をして水を貯めれば洗濯ができるし、ガムテープを細く切って折り曲げれば洗濯ロープにも代用できる、といったような具合に、「旅先で困った時でも、アイデアさえあれば乗り切れる」ということを本書から知りました。
今なら12万円の予算があれば、航空券やホテルをネットから簡単に安く予約でき、現地でもスマホでグーグル翻訳とグーグルマップを駆使して、一番簡単で安い方法をすぐに見つけられるので、海外旅行でも簡単にコスパのいい旅のスタイルを見つけられると思います。しかし本書の中の著者のように、地べたに這いつくばりながら、地元の人と同じ目線になって泥臭くお金をかけずに旅をすることで、効率よく旅するだけでは見えてこない世界の現状が旅を通して見えてくるような気がします。
33年前と今とでは様々な環境が変化したので、本書の中で著者がやっていたのと全く同じような旅のスタイルを再現するのは難しいとは思いますが、ネットとスマホの呪縛から逃れない方は、スマホを手放し体一つで現地に飛び込んで、住民目線で旅を体感してみてはいかがでしょうか。
【データ】
■下川裕治 著『12万円で世界を歩く』 (1997年2月刊/朝日新聞出版)
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=3478
■下川裕治プロフィール
1954年、長野県生まれの旅行作家。『12万円で世界を歩く』でデビュー。おもにアジアをフィールドに旅関連の著書多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』でミズノスポーツライター賞大賞を受賞した。
■評者 川田正和(かわた・まさかず)
1967年、神奈川県生まれ。香川県育ち。明治大学文学部卒。大学を卒業後、出版社に就職するもほどなくして退社。アルバイトでお金を貯めては世界各国への長期の旅を繰り返すうちに、旅行専門の本屋をはじめようと決意。書店員を経験した後、2007年、西荻窪に「旅の本屋のまど」をオープン。日本で唯一の旅行専門の本屋として国内外から注目されている。