登山ガイドとして必要十分な情報量だが……?
本書の一発目に掲載されているのは「雲取山」への登山行だ。雲取山は東京、埼玉、山梨の三県にまたがる標高2000メートルを超える山で、東京都に存在する山としては最高峰といえる場所である。著者の文章はこんな感じで始まる。
〈東京都最高峰である雲取山(二〇一七メートル)は、奥秩父連峰の東端の山であり、奥多摩の盟主である。東京に近く、深田久弥氏の百名山になっていることから登山者が多い。〉
その後、著者は雲取山の魅力を語り、山を取り巻く自然環境を描写する。山頂に至るまでの複数のコースを紹介し、それぞれの見所や難易度までも紹介してくれる。登山ガイドとしては必要にして十分な情報量なのだが……。
松戸、関係ねぇぇー!
そのあとも「天祖山」「丹沢・鍋割山」「裏妙義山」と、著者がおすすめする山の紹介が続いていく。たしかにどれも関東近辺にあり、松戸からも行きやすいのは事実だが、それは松戸じゃなくたって一緒なのである。何より、いつまで経っても「松戸」の文字が出てこない。
ぼくは松戸という土地への地元愛はとくに持ち合わせていない人間だが、ここまで松戸と関係ないとさすがに寂しくなってくる。しかし、4つめに登場の西丹沢「檜洞丸」の紹介文で、ようやくこんな描写が出てきた。
〈松戸から代々木上原乗り換えで新松田まで二時間余り、そこからバスで一時間あまりで登山口。〉
ホッとしましたね。この感情はなんだろう。これが地元愛なのかな?
なぜこうしたタイトルになったのか、その理由は「あとがき」で明かされていた。
本書は自費出版であり、当初は『私が登った山』というタイトルだったそうだ。ところが、編集を担当してくれた人物から書店扱いにすることを勧められた。そうした場合、「首都圏から登る」とか「一日から三日で楽しめる名山」といったサブタイトルを付けた方がわかりやすくなるし、読者ターゲットも広まるだろう。何も「松戸から」とする必要はない。
〈それでも“松戸”にこだわったのは、四十三年間住んで、ここから山に登り続けてきたからである。活動拠点を失った数多くの山岳会が衰退したのも見てきた。三十三年前に東京で活動する会から独立して松戸に山の会を作ったのは、地域に根差した会を作りたかったからである。販売のために出版するのではない。〉
言い切った! そして行間から滲み出る松戸愛。本書を読んで、山に登りたい……とは思わなかったが、もう少し松戸を愛してみようと思うぼくなのだった。
■『松戸から登った山70選』(2015年8月刊/東京創作出版)
https://www.amazon.co.jp/dp/4903927237
評者:とみさわ昭仁(とみさわあきひと) 1961年東京生まれ。フリーライターとして活動するかたわら、ファミコンブームに乗ってゲームデザイナーに。『ポケモン』などのヒット作に関わる。2012年より神保町に珍書専門の古書店「マニタ書房」を開業。2019年に閉店後は、再びフリーライターとして執筆活動に入る。近著に『レコード越しの戦後史』(P-VINE)、『勇者と戦車とモンスター』(駒草出版)など。