かつて無毒だと思われていたヘビが、実は猛毒をもっていた……。こんな風に、毒ヘビであることが近代になってから認識されるようになった種がいます。
本州から九州にかけて生息するヤマカガシです。
不思議な響きの「カガシ」という名は、ヘビを意味する古語「カガチ」から来ており、「チ」は霊や神威を表すものでした。日本人が太古の昔から、この生き物に霊力を見出していたことが伺えます。
その毒は、血液凝固作用がある非常に危険なものです。ヤマカガシのもつ特殊な毒とその生態について、野外における危険生物への対策研究とその指導を専門とする、一般社団法人セルズ環境教育デザイン研究所の代表理事所長・西海太介(にしうみだいすけ)さんに話をお聞きしました。
変異が多く無毒ヘビと間違えやすいヤマカガシ
ヤマカガシは体長70~120cm程度の中型のヘビ。カエルを好んで食べるため、水田や川がある里山環境に多く生息しています。
「川や水田環境の近くでは、比較的遭遇しやすいヘビです。性質はおとなしく、さわっても咬まれないことも多いのです」(西海さん)
被害に遭うのは、子どもがつかまえて遊んでいるときが多いとのこと。
気を付けようにも、見つけたヘビがヤマカガシかどうかを判別するのは簡単ではなさそうです。
「ヤマカガシは色彩の変異パターンが多く、慣れないと間違えやすいんです。幼蛇の場合は首元に黄色い線が出ることが多いですが、成蛇は地域や個体によって体色がかなり異なります」(西海さん)
東日本では黒、赤、黄色のカラフルな個体が一般的ですが、西日本にはアオダイショウのような緑褐色のものや、真っ黒のものもいるといいます。マムシやシマヘビにも黒色の変種がいるので、これらと見分けるのも容易ではありません。
「パターンをたくさん知っていれば特定できますが、慣れていないと間違えやすいです。顔や体形などの特徴を総合して判断する必要があります」(西海さん)
本州から九州にかけて出会いやすいヘビは、そこに生息する8種のうち、アオダイショウ、シマヘビ、ヒバカリ、ヤマカガシ、マムシ、ジムグリだそうです。遭遇したヘビの種類がわからないときは、これらのうちどれにあたるかを考えてみましょう。もちろん、毒ヘビだったときのことを考えて、不用意に触れることは避けるべきです。
ヤマカガシはなぜ無毒だと思われていた?
1970年代まで無毒ヘビという認識が一般的だったヤマカガシ。1984年に咬まれた中学生が亡くなった事故をきっかけに、毒ヘビという認識が広まりました。
「無毒とされていた理由ははっきりとはわかりませんが、毒が入るまでのステップが長いのは、ひとつの要因となっているでしょう」と西海さん。
「まず、おとなしいのでそもそもあまり咬まれることがありません。また、マムシやハブの毒牙が口の前側にあるのに対し、ヤマカガシは奥にあります。つまり、深く咬まれないと毒が入りにくいという構造です」(西海さん)
「さらに、毒牙の形状も異なります。マムシやハブは注射器状ですが、ヤマカガシは牙で傷つけて、根元から出る毒を染み入らせるような構造です。そのため、深く、長く咬まれないと毒が体内に入らず、毒の被害につながりにくいんです」(西海さん)
この話を聞くと、あまり怖がらなくてもよさそうな気もしますが、万が一毒が入ると大変です。
「過去50年間に5人がヤマカガシに咬まれて亡くなっており、10年に1人死者が出るという状況です。亡くなるのは子どもと高齢者で、咬まれるのはほとんどが子どもです」(西海さん)
命が助かったとしても症状は重いので、咬まれないように最大限の注意を払いたいもの。ヤマカガシの毒はどんなものかを、詳しく見ていきましょう。
内出血を起こさせるヤマカガシの毒
「ヤマカガシの毒には血液凝固作用がありますが、体内に入ると組織の弱いところで内出血が起こります」と西海さん。
凝固作用なのになぜ出血するのか、それは私たちの体の防御反応のようです。
ヤマカガシの毒が体内に入ると、血液が固まって血栓ができます。このとき、血液中のフィブリノーゲンという凝固因子が大量に消費されます。体はこの血栓を溶かそうとしますが、その際に歯茎や内臓、毛細血管などの弱いところで内出血が起こります。このとき、フィブリノーゲンが少なくなっていて、止血しにくい状況となります。その結果、脳内出血などが重篤化し、死に至る可能性があるのだそうです。
「毒の作用は血液凝固なのですが、内臓や脳内で出血を引き起こすので、『出血毒』と誤認されることがあるようです」(西海さん)
なお、咬まれてもマムシのような痛みや腫れはあまりないので、毒が入ったかどうかの判断がしにくいのもやっかいな特徴です。
「咬まれても目立った外的変化はないので、自己判断は危険です。脳出血が頭痛として観察されたりもしますが、症状がなくてもすぐに病院に行ってください。可能なら、ヘビの種類がわかるように写真を撮っておくといいでしょう」(西海さん)