「野湯(のゆ)」とは、自然の中で自噴していて、それを管理する商業施設が存在しない温泉のこと。「日本国内にそんな所が存在するのか?」と思う人もいるかと思うが、じつは人知れず湧出している野湯は全国各地にある。この連載では、野湯マニアの著者が入湯した、手つかずの大自然の中で格別の満足感を味わえる野湯を紹介してゆきたい。
今回はスキー場で有名な「志賀高原」にあるという、平床大噴泉の土管の湯を訪れた。
スキーゲレンデが広がる「志賀高原」にまさかの野湯が!
国内随一のスキーゲレンデが広がる、長野県北部の「志賀高原」。美しい山々や神秘的な池や沼に囲まれた日本有数の一大リゾートのなかにも、平床(ひらとこ)大噴泉の周辺に野湯が存在する。
今回はこの野湯へと向かうべく、志賀高原を長野県側から群馬県の草津温泉に向かう国道292号、通称「志賀草津高原ルート」を進んでいった。すると熊の湯の手前付近の道路沿い右手西側に、もうもうと噴き出している湯けむりが見える。今回訪れる野湯の源泉にもなっている「ほたる温泉」である。
この温泉は、この近くの志賀プリンスホテル(現在は閉館)の社長が夢枕に現れた父親より神様のお告げを聞き、それに従い掘削したところ温泉が噴き出したという、神がかり的な温泉である。
当時は「硯川温泉」と呼ばれていたが、天然記念物に指定されている「ゲンジボタル」がたくさん観賞できることから、1999年に「ほたる温泉」に改名された。
流れ出る湯を辿っていくと現れる土管の湯船
噴煙がモクモクと上がる「ほたる温泉」の源泉付近は、何本もの太い給湯パイプがむき出しになっており、その源泉施設の一部からは湯が垂れ流しになっていた。
流れ出た湯に沿って歩いてみる。すると施設の裏側に、南西方向の谷に向かって下っていく小道を発見したので、その道を進んでみた。
小道に沿ってこぼれ湯が小さな流れになっており、あちこちから湯気が出ている。小道の地中には、湯の流れるパイプが埋まっていた。
さらに進むと緩斜面の崖に出て道は終わったが、その先の斜面からパイプが突き出し、湯がドバドバと流れ出ていた!
その湯はさらに一段下のテラスに置いただけのパイプを流れ、直径1mほどの土管を縦に埋めた湯船に注がれていた。
どうやらこれが探していた野湯であるようだ。
熱湯と沢水の「自然加水掛け流し」の野湯
まずは手を入れて湯温をたしかめてみる。パイプから流れ出る湯は激熱の熱湯であるが、土管の横には冷たい沢水が流れており、それが土管の湯船の外側から適度に流れ込んで絶妙な温度になっていた。自然の加水掛け流し温泉である。
辺りには硫黄臭が漂っている。土管の中の湯は、透明感のある青みがかった色をしていて、美しい湯を眺めているだけでもしあわせな気分になった。
ではいよいよ、土管の中に入って入湯! 湯が適温で、とても気持ちがいい。土管の底には粒の大きな砂がたまっていて、浜辺で入湯しているかのような気分だ。底の砂が少し舞い上がっても、豊かに流れ込む湯で温泉はすぐに透明感を取り戻した。
土管は人ひとりが入るのにちょうどよい大きさで、湯温も湯量も泉質も最高の野湯である。
豊富な湯は湯船からあふれ出て、側溝に流され下の川へ捨てられているが、この素晴らしい湯がドバドバと捨てられているのは何とももったいない。
野湯の向こうにあるのは「駐車場」
そしてこの野湯を見つけたときに気がついたことだが、この湯船の向こう側には、なんと駐車スペースが広がっている。
その先にはクルマの通るアスファルトの舗装道路も見える。その道を北西に数十mほど進むと県道66号線に合流し、それを北上すれば先ほどの国道292号線に戻れるのであった。クルマでここまで来て、野湯の目の前に駐車して入湯することもできたのだ。
アクセスは非常にいいので、マニアにかかわらず、この野湯の情報を入手した一般の人などもここにやってきて入湯していた。道路からは完全丸見え状態なので、通りすがりのクルマが窓をあけて覗いたり、ここになにかあると雰囲気を察知してか、バックしてまで戻って確認するクルマもあった。一人用の湯船のため、順番待ちになることもあるようだ。
2回目以降の入湯では、筆者は毎回クルマで横づけして、素っ裸でクルマから飛び出し、土管の湯船にちゃぽんと浸かって入湯を楽しんでいる。ここはホタルが飛び交うエリアであるので、夏の夜には満点の星空の下でホタルを眺めながらの入湯を楽しむこともできた。