野食ハンティングの入門書として最適な本
もちろん、ただ無謀なことをしているわけじゃない。ベニテングダケには確かに毒があるのだけれど、調理法次第では食べることができるらしい。しかも、普通のキノコよりずっと美味しいというのだ。
〈実はベニテングダケは見た目のわりにそこまで毒性が強くなく、茹でこぼして利用する、塩漬けにするなど手を加えれば、食用にできるようなのです〉
「ようなのです」というところに若干の不安を感じなくもないけれど、長野県の山間部では古くからベニテングダケを食用にしてきたという話もあるし、現在でも一部地域では好んで食べられているとか。
そしてベニテングダケの炭火焼きを食べた茸本氏の感想は〈これは、美味しい! いや、美味しいというか、なんか不自然なくらい旨みが強い! 脳の味覚中枢をハックされて直接「美味い」という文字を流し込まれるような、何とも言えない気持ちです〉というものだった。
これ、美味しいんじゃなくて、キノコの毒でトんでるのでは……!?
実体験による記述というのはとにかく強い。素人目には無謀な挑戦に見えるかもしれないが、確かな知識を元に、安全性に十分配慮したうえでの野食なので、読んでいて嫌な気持ちにならない。たとえ下痢をしても、毒にあたっても。
それと、掲載されているすべての挑戦について、その食材が秘めているリスクを可能な限り正確に記述しており、また、安全に食べるためにはどう調理するのが最適か、そうした情報もきちんと書かれているのがいい。
著者の茸本氏、職業ライターというわけではないのに、やけに文章が上手くて、するすると読めてしまう。野食の入門書としては最適な本と言えるだろう。……ぼくには彼の真似をする勇気はないけどね。
■『野食ハンターの七転八倒日記』(2019年11月刊/平凡社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4582632246
評者:とみさわ昭仁(とみさわあきひと)
1961年東京生まれ。フリーライターとして活動するかたわら、ファミコンブームに乗ってゲームデザイナーに。『ポケモン』などのヒット作に関わる。2012年より神保町に珍書専門の古書店「マニタ書房」を開業。2019年に閉店後は、再びフリーライターとして執筆活動に入る。近著に『レコード越しの戦後史』(P-VINE)、『勇者と戦車とモンスター』(駒草出版)など。