食糧危機の解決法はそこらへんに転がっている
現在の日本では少子化が問題視されているが、地球規模で見ると人類はいまだ増え続けている。国連の発表によると、世界の総人口は1998年に60億人、2010年に70億人、そして2022年11月には80億人に達したという。もし、このままのペースが続くなら、2034年には世界人口は90億人になり、2046年には100億人を突破する計算になる。
現時点ですら、「食糧」がすべての人間に行き渡っているとは言い難い。2023年の現在において、およそ3億4500万もの人間が飢餓に苦しんでいるのだ。これが総人口100億人ということになればどうなってしまうのだろうか……?
そう遠くない未来、人類の生命を維持するための食糧は枯渇する。その原因は人口の増加だけではない。気候変動のショックは生態系を破壊し、食料の生産を困難にする。新型コロナウィルスのような感染症による経済の混乱もあるだろう。国家間の紛争が食物の流通を妨げることは、いままさに我々が身をもって体験しているところだ。
……と、いささか固っ苦しく語ってみせたが、そんな食糧危機を解決するひとつのアイデアを示してくれるのが、今回ご紹介する『野食ハンターの七転八倒日記』だ。
著者の茸本朗(たけもとあきら)氏は、幼い頃からキノコ図鑑を熟読しキノコ狩りはもちろん魚釣りにも親しみ、いまや野生の食材を採ってきてはマイ出刃包丁で調理して食べてしまう「野食家」だ。冒頭でぼくは食糧枯渇の危機を煽ってみたけれど、茸本氏の動機はいたってシンプルなもの。
本人曰く〈なんでわざわざそんなことをしているかというと、ときに「なぜこれが食用にされないのだ!?」と思えるような素晴らしい美味に出会えることがあるから〉だそうだ。つまり、美味しいから採ってきて食べちゃうんですね。しかもタダ。それだって大事な理由といえる。
そして本人は意識してるかどうかは知らないけれど、野食のテクニックを身に付けていれば、やがてやってくるであろう食糧危機も、そこらへんの草花や昆虫が解決してくれるというわけだ。
他人の不幸は蜜の味。野食の失敗談は毒の味
とはいえ、野食というのは言うほど簡単なものではない。そもそも本書のタイトルには「七転八倒日記」とある。そう、茸本氏だって最初から野食のエキスパートだったわけではない。幾度もの失敗を繰り返して、ようやく「野食ハンター」となれたのである。
記事の元になったのは著者が書いていたブログで、そこからWEBサイト「cakes」での連載『野食ハンターの七転八倒日記』となり、それを書籍化したのがこの本だ。
当初、ブログでは野食を採取してきた成果や調理の過程などを書いていて、それなりに人気はあったそうだ。ところが、あるとき戯れに「深海魚を食べたら会社でお漏らしした」という失敗談を書いてみたところ、PVが爆発。一躍人気ブログとなった。やっぱり、ひとの失敗談っておもしろいんだよね。
そのときの記事は、本書でも「食べると肛門が言うことを聞かなくなる魚で(社会的に)死んだ」という、さらにグッとくるタイトルに改題されて収録してある。
深海魚であるムツの怖さは、ぼくも以前どこかのサイトで見たことがある。とにかくムツ(茸本氏が食べたのはバラムツとアブラソコムツ)は、深海魚の中でもとくに体脂肪が多いのだとか。
脂がのった魚は美味いものだが、ムツはその量が尋常じゃない。だから、刺身で三切れくらいならギリギリセーフと言われているけれど、ちょっとでも食べすぎると括約筋が制御不能になり、尻から脂がダダ漏れするらしいのだ。たとえそれが職場であろうとも……。
他にも失敗談はたくさんある。その筆頭は茸本氏の得意分野だったはずのキノコだ。キノコ → 危険という連想ゲームから導き出されるのは、考えるまでもなく毒キノコである。「毒キノコといえば何?」という出題をしたら、おそらく100人中99人が「ベニテングダケ!」と越後製菓のCMの、高橋英樹ばりのアクションで答えるだろう。
そのベニテングダケをね、野食ハンターは食べちゃうんですよ。毒を喰らわばベニテングダケ。どうかしてると思いませんか?