2023年で22回目となる「RISING SUN ROCK FESTIVAL」。2003年から19回連続で皆勤賞という、オンリーワンの出演者。その名も「祭太郎(まつりたろう)」。
上半身ハダカ、ウサ耳のカブリモノが生まれ、ライジングサンでそのパフォーマンスが確立するまでの経緯は、前記事で詳しく触れました。
第2回では、ライジングサンで生まれた奇跡の出会いから、誰もが認める「ライジングサンの妖精」となるまでのビルドゥングスロマンを、祭太郎さんに語ってもらいました。
会場で生まれたあの人との奇跡の出会い
2002年の初出演から6年。ミュージシャンたちの間でも、徐々にその名を知られていたのでしょうか。夜、会場の片隅にある祭ブース(祭太郎さんのパフォーマンスエリア)で、太鼓を叩いていると、取り囲むお客さんの向こうに、よく見覚えのある顔を見つけます。
「それが怒髪天のボーカル、増子直純さんだったんですよ。酔っ払って真っ赤な顔した」
the pillows、クハラカズユキなど、地元・北海道出身で常連のミュージシャンも多いライジングサンですが、なかでも怒髪天は別格。新型コロナウィルスで中止となった2020年には、会場に立てられたテントからのオールナイト中継に参加するほど。もちろん、祭太郎さんも知らないわけがありません。しかも「君、いいねえ」と褒められただけでなく──。
「『これから深夜にEZOISTやるから、出てよ』って。EZOISTは、北海道出身者の一夜限りのスペシャルバンド。それでいきなり、ボヘミアンガーデンってステージに出ることになったんです」
かくして祭太郎、ライジングサン、初めてのオンステージ。「別に何もしなくていいから踊ってて」と言われた通り、ミュージシャンの後方で自由にパフォーマンスさせてもらったという。
「増子さんからは後日、『キャッチセールスか、出会い頭の事故みたいなもんだったよね』っていわれましたが、僕にとっては奇跡の出会いでしたね」