「野湯(のゆ)」とは、自然のなかで自噴していて、それを管理する商業施設が存在しない温泉のこと。「日本国内にそんな所が存在するのか?」と思う人もいるかと思うが、じつは人知れず湧出している野湯は全国各地にある。この連載では、野湯マニアの著者が入湯した、手つかずの大自然のなかで格別の満足感を味わえる野湯を紹介してゆきたい。
今回は初心者におすすめしたい入門編の野湯として、群馬県にある尻焼温泉を訪れる。
〝尻焼〟温泉の名前の由来とは
平家の落人が発見したと伝わる尻焼温泉。自然の宝庫で「日本で最も美しい村連合」のひとつに選出されている群馬県中之条町の六合(くに)地区にあり、花敷温泉、応徳温泉、京塚温泉と共に六合温泉郷を形成する有名な温泉である。
尻焼温泉周辺には温泉旅館が3軒あるが、野湯は、旅館の目の前を流れる長笹沢川の上流にある。尻焼温泉は「川の湯」とも呼ばれており、長笹沢川をせきとめて作られた巨大な露天風呂なのだ。
鎌倉時代から人々に愛されていたこの温泉は、昔の人たちが砂を掘り、尻を埋めて痔の療養をしたことから「尻焼」の名前が付いたという。また、ちょうど座って入浴できるような適度な深さの場所が随所にあり、川底から自噴する源泉におしりがあたって「あちちっ」となることから、尻焼温泉という名前になったという説もある。
泉質は、カルシウムやナトリウムを含んだ硫酸塩泉・塩化物泉。切り傷や婦人病に効くらしく、もちろん痔の療養にもよいのだろう。
まるで川にある温泉プール⁉︎ リゾート気分で楽しめる
東京からクルマで3時間ほどかけて、尻焼温泉に到着。野湯から200mほど手前に尻焼温泉訪問者用の無料駐車場があったので、クルマはここに停めることにした。
駐車場から長笹沢川の方へと、100mほど歩いていく。川にかかった橋から上流を見ると、湯けむりがあがっていた。そしてその付近に、川の中で入浴している人たちを発見。
ここは野湯であるにもかかわらず、アクセスにはヤブこぎも崖のトラバースも沢歩きも必要ない。普段着にタオルだけ持って、ブラブラ歩いて行けるのだ!
案内板に従って河原に降りて行くと、川底のいたるところから熱い源泉が湧き出していた。
川は2つの堰で囲われていて、約20m四方の大きなお風呂になっている。下流側も広く、露天風呂状態である。
さっそく入湯したいのだが、ここの源泉は上流から流れてくる川の水とブレンドされて、様々な湯温の場所がある。川底は平らではなく大きな石がゴロゴロ転がっていて、深さもマチマチなので、場所を選ぶ必要がありそうだ。
湯船も湯温も好みのポイントを探し、ちょうどよさそうな場所があったので入湯。
豊富な源泉と澄んだ渓流の水とのブレンドを、広大な湯船の中でゆっくり歩きながら楽しむことができた。
移動しながらの入浴を楽しんだ後は、その場でゆったり浸かってみる。川の流れを感じる自然のままの湯浴みに、ゆりかごのような心地よさを覚えて、思わずウトウトしてしまった。
訪れたのは夏だったので、川の下流まで温かくて温水プール状態。
多くの観光客が水着で入浴していて、浮き輪で泳いでいる子どもがいたり、寝転びながらビールを飲んでリラックスしている人もいた。まるでリゾート地のようである。
ついつい浮かれ気分になってしまいそうだが、温泉成分や苔などで滑りやすいところが多いので、移動の際には十分に注意したい。
ちなみに訪れるシーズンとしては、秋もおすすめだ。尻焼温泉周辺は紅葉の名所にもなっており、以前秋に訪れたときには、湯浴みをしながら素晴らしい彩りの紅葉を満喫できた。