南極の乗り物というと、観測隊の初期に用いられた犬ぞりを思い浮かべる人がいるかもしれません。南極に置き去りにされて1年間生き延びた樺太犬のタロとジロは、多くの日本人に感銘を与えました。
現在は南極条約により南極への生き物の持ち込みは禁止され、犬ぞりは使われていませんが、スノーモービルやヘリコプター、ブルドーザーをはじめとする重機など、さまざまな乗り物が活躍しています。
なかでも重要なのが、雪や氷の上を走る雪上車。ときに何千kmにも及ぶという南極大陸での移動には欠かせないといいます。それはいったいなぜでしょうか。国立極地研究所職員の永木毅(ながきつよし)さんに、雪上車での移動についてお話を伺いました。
サイズや機能はさまざま。「走る研究室」とも呼ばれる雪上車
雪や氷の上をすべらずに走れるよう、タイヤの代わりに「クローラー」という帯状の輪を装着した自動車が雪上車です。大型の内陸地域用と小型の沿岸地域用があり、クレーンや除雪用ブレードを備えていたり、氷が割れて海に落ちても浮くように設計されていたりと、多くのバリエーションがあります。
物資や人の運搬、建設作業などに用いられていますが、とくに内陸調査用の大型車両には調理場や簡易ベッドがあり、隊員が強風や寒さから身を守るシェルター兼居住スペースとして、必要不可欠の存在です。
永木さんは2022年(令和4年)11月、第64次南極地域観測隊の副隊長として南極に赴き、ドームふじ基地の近くで100万年を超える最古級の氷床コア掘削のための新拠点建設に携わりました。
「ヘリコプターもある程度の距離を飛べるんですが、さすがに1000km離れたドームふじへは行けないので、必ず雪上車で行くことになります」
1000kmといえば、東京~下関と同じぐらいの道のりです。さらに、ドームふじ基地があるのは富士山より高い標高3810m。夏でも気温が−35℃まで下がる極寒の地で活躍する雪上車とは、いったいどのようなものなのでしょうか。
たくさんのそりを引いて力強く走るSM100S型雪上車
「今回行ったのはドームふじ観測拠点IIというところで、ドームふじ基地から5kmしか離れていないんですけど、全く何もないところなんです」と永木さん。
昭和基地近くの大陸上で9日間かけて準備し、16人の隊員で16日間かけて向かったとのこと。雪上車は計7台。うち4台のSM100Sはドームふじ基地への輸送用に開発されたもので、標高4000m、−60℃の環境下でも走行が可能です。出発した雪上車は、それぞれ20~30トンの物資を積んだそりを引き、一列になって白い大地を進みます。
雪上車の乗り心地について、永木さんに聞いてみました。
「揺れの大きさは場所によって異なります。内陸のほうに行くとサスツルギ(雪の表面が強風で削られてできた模様)により凹凸がとても大きくなるので、そこはやっぱり辛抱が必要ですね。先頭の圧雪車で雪をならして、ルートを作りながら進みました」
安全のため、雪上車は時速10km程度で走行します。一見非効率にも見えますが、大勢の人と大量の物資を安全に、かつ確実に運ぶための最も優れた手段が雪上車なのです。