2023年(令和5年)5月14日、北海道幌加内町の朱鞠内湖で、釣り人1名がヒグマに襲われ死亡する痛ましい事故が発生しました。春は、クマが冬眠から目覚めて活発になる時期。各地での目撃情報も相次いでいます。
明治以降、令和に至るまで、日本で起きた数々の熊害死亡事故を網羅した『日本クマ事件簿』(三才ブックス)。過去の事例から学べることは多くあります。同書掲載の記事より、2021年(令和3年)4月10日、北海道厚岸町で、男性1人がクマと揉み合った末に死亡した事例を転載します。
のどかな山菜採りから一変。夫婦を引き裂いたクマの爪
北海道厚岸町の中心部から南東に約7km、太平洋に突き出た半島部にある山林は、春になるとギョウジャニンニクを求めて多くの人が訪れる。釧路市に住む当時60代の夫婦もこの日、10時頃から入山し、山菜採りを楽しんでいた。
30分ほど経った頃だろうか、突然「ギャー!」という男性の悲鳴が聞こえ、妻が振り返ると、100mほど先にいた夫がクマと揉み合いになっているのを目撃。妻は慌ててその場から離れ、道路脇に停めていたクルマに戻り、「夫がクマに襲われている」と110番通報をした。
すぐに厚岸署員が現場に駆けつけ、頭部から血を流して倒れている男性を発見したが、その場で死亡が確認された。頭や顔に、クマとみられる爪跡や噛まれたような傷があったという。妻はすぐに逃げたため、怪我はなかった。
町外からの来訪者も多い現場は、「クマの通り道」だった
現場周辺では近年、クマの生息域が拡大しているとみられており、「クマをよく見るようになった」と地元住民は話す。目撃情報は毎年20件ほど寄せられ、さらにここ2、3年で増えている傾向にある。厚岸町に限らずいえることだが、過疎化や高齢化が進むことによる中山間地域の構造的な衰退が、クマなどの野生動物の生息の前線を広げている可能性も考えられる。こうしたクマと人間の土地利用の変化が、両者の距離を縮めている一因となるのではないだろうか。
町道から約600m離れた事故現場は、地元住民からは「クマの通り道」と呼ばれ、警戒されているエリアの一つだった。厚岸町もホームページなどで注意喚起をしていたが、山菜採りの穴場として、事情を知らない町外からの来訪者が後を絶たず、危険を感じている住民も多かったという。
春は、山中でクマと鉢合わせる確率がぐんと上がる。冬眠から目覚めたばかりのクマは空腹のため、ギョウジャニンニクなどの山菜を求めて山を下りて来ると同時に、人間は山菜を求めて山を上るからだ。1989年(昭和64年)から2021年(令和3年)1月まで、道内ではクマによる人身被害が計43件発生しており、うち約4割にあたる17件が4~5月に集中している。