2023年(令和5年)5月14日、北海道幌加内町の朱鞠内湖で、釣り人1名がヒグマに襲われて死亡する痛ましい事故が発生しました。春は、クマが冬眠から目覚めて活発になる時期。各地での目撃情報も相次いでいます。
明治以降、令和に至るまで、日本で起きた数々の熊害死亡事故を網羅した『日本クマ事件簿』(三才ブックス)。過去の事例から学べることは多くあります。同書掲載の記事より、1999年(平成11年)5月に北海道木古内町で、1人が死亡、2人が重傷を負った事例を転載します。
釣りや山菜採りを目的に山林へ入り連絡不通に
5月8日、午後1時ごろ、函館の自宅をクルマで出発したA(47歳)は、釣りを楽しむため、1人で木古内町のトンガリ川を目指した。函館から木古内町までは1時間~1時間30分ほどの距離。
その後、夜になっても本人と連絡がとれず、帰宅しなかったため、家族が警察に捜索願いを出した。
翌9日の朝、現場付近を捜索していた警察車両は、ケガをした女性2人が乗った軽トラックと出会い、山菜採りに山中に入ったところをヒグマに襲われ、逃げてきたことを確認。前日の行方不明の男性もヒグマに襲われた可能性があることをもとに、警察官と猟友会会員ら約80名が集められ、午前9時ごろから林道や川などの捜索を行った。すると川の左岸沿いにAの遺体を発見するに至った。
Aが向かったトンガリ川とは木古内川の支流で、現場は国有林の山中。道道木古内江差線の大川ゲート手前に「トンガリチリチリ林道」と呼ばれる林道の入口があり、その道はトンガリ川と平行して知内町方面へと続く。林道は基本的に森林管理署職員用なので、入口ゲートは閉まっている。
Aは、ゲート手前にクルマを置いて川に向かったと思われる。遺体があった場所は、クルマを駐車した地点から約150mの川の左岸。川の幅は約6m、水深は10~20cm程度の浅瀬だった。
左岸際に大きな岩が一つあり、その岩と岸辺の間に頭部を下流側に、両足は上流側に向け水の中に浸かり、あお向けに倒れていた。その岩に、本人が着用していたと思われる、引き裂かれた焦げ茶色のカッターシャツが引っかかっており、そのほか、釣り竿やサングラスなども水の中から発見され回収されている。
窪地に身を潜めて獲物の見張りをするヒグマ
検死によると、男性の死亡推定時刻は午後4時ごろ。午後1時に自宅を出て、現場に到着し午後3~4時ごろ、釣りを始めてまもなくヒグマに襲われたものと推測される。
Aは、釣り用の「胴長」と呼ばれるゴム長靴と防水ズボンが一体になったものを着用していたが、その靴部分は両方がちぎれ、上半身の着衣が頭部方向へめくり上がっていた。そのため、ヒグマは岸辺で釣りをしていたAを襲って水中に倒し、足をくわえ、遺体が発見された場所まで引きずって行ったと思われる。
遺体発見場所の川の左岸は30度ほどの傾斜がついた、高さ5mほどの土崖になっており、その上には落葉高木のエゾイタヤが沢に向かって張り出していた。その根元が幅・深さ各1m、長さ2mほどの窪地になっており、ヒグマは遺体を「獲物」として窪地そばの岸に置き、その窪地に身を潜め監視しながら食害していたとみられる。遺体にはわずかに草がかけられており、窪地付近にはヒグマの糞も確認された。
発見された時点で食害されていた部位は、頭や顔の筋肉、両耳、あご、左腕、腹部、脇腹、足の大部分の筋肉などで、足の残った筋肉にはクマの爪による刺創痕も多数あった。水に浸かった両足は漂白化し、一部腱が露出していた。検死によるAの死因は、外傷性ショック死だった。