奮発して手に入れた、ガーボン製ベアキャニスター
ベアカントリーにある多くの国立公園には、夜のあいだ食料を保管しておく頑丈な鉄製ケースも備えられている。日本国内では知床半島に備えられているが、適切な使い方を知らない登山者が多いのではないかと感じている。
歯磨き粉や制汗剤、ウェットティッシュなどをテントのなかに入れっぱなしにしていることがひとつの理由である。僕が見たなかでもっとも驚いたのは、テントのなかでジンギスカンを焼いていた親子だ。就寝時間になって食料を食料保管用ケースに入れに行ったのだろうけど、テントや寝袋、洋服などは、熊さんからすれば危険を冒してでも近づきたいくらいに魅惑的な血肉の匂いが染みついた“食べ物らしき”ものであっただろう。
ベアキャニスター製品には、専門のメーカーがいくつかある。僕は、そのうちの3種類を所有していて、その一つがベアヴォルト社の「ジャーニー・ベアキャニスター」だ。比較的軽く、安価で、容量も充分。ふたが開けやすいという特徴がある。そのため米国では、もっとも使いやすいベアキャニスターとして普及している。
もう一つは、最近は売っている店が少なくなってしまったのだが、バックパッカーキャッシュ社の「ベアプルーフ・レジスタント・フードコンテナ」である。本体は少々重くて、内容量が少なくて、ふたを開けるには25セントコインが必要だ。入れ口が小さいため食料を効率的に入れにくいといった短所があった。
三つ目は、数年前に大枚をはたいて手に入れたワイルドアイディア社の「ベアリケイド・エクスペデション」である。大容量で、フルカーボン製の本体は約1100g。価格は、ほかのベアキャニスターが70~80米ドル(約1万円~1万1000円 ※1米ドル=140円換算)であるのに対して、ベアリケイドは395米ドル(約5万5000円/1米ドル=140円換算)とびっくりするほど高額だ。アウトドア道具においては、軽ければ軽いほど価格も高くなる傾向にあるのだけれど、これもその法則に従っている。
破壊された模様を映し出す検証ビデオ
装備を少しでも軽くしたいと思い、ワイルドアイディア社の「ベアリケイド・エクスペデション」に大枚をはたいた。だけれども、とても残念な後日談がある。
アラスカの荒野へと向かうためには、定期運航便で国立公園の玄関口となる村に向かう。そこで公園管理官が駐在するレンジャーステーションに寄って自然保護区域であるウィルダネスエリアに入る前のレクチャーを受ける。これにより、軽飛行機を操縦するブッシュパイロットは、はじめて僕たちの搭乗を認めてくれるのだ。
そのとき僕は、買ったばかりの「ベアリケイド・エクスペデション」を意気揚々と手にレンジャーステーションに向かった。そして、そのレンジャーの発した言葉に驚愕した。
「悪いけど、そのベアキャニスターは持ってはいけないよ。耐久性に問題があってね。この国立公園では、装備として認めていないんだ」
そう言われて見せられた「ベアリケイド・エクスペデション」の耐久性を検証するビデオでは、グリズリーの名で知られる体重400kgの雄のハイイログマが馬乗りになって上に乗る様子が映し出され、恐ろしいほど簡単に破壊されてしまった。
彼女は、「彼らには販売を中止するように連絡しているのよ」と顔を曇らせた。認めざるを得ない完璧な実証実験であったし、国立公園内ではレンジャーに逆らうことなんてできない。それに、事実を知りながら、こんなものを売っているなんて、実に腹立たしい。
あぁー、もぉぉぉぉぉぉ。
ちくしょぉー。
395ドルを返してよぉぉぉ!
僕は、仕方なくレンジャーステーションが用意している「ジャーニー・ベアキャニスター」をレンタルすることになった。傷ひとつない新品の「ベアリケイド・エクスペデション」は、中身を空にして友人宅に郵送するほかない。そして、無念いっぱいで約4週間にわたる荒野での冒険旅行へと飛び立つのであった。
■著者:村石太郎(むらいしたろう)
■プロフィール:アウトドアライター/1970年、東京生まれ。登山道具やアウトドアブランド、山の道、アウトドアの歴史にまつわる記事をアウトドア各誌やウェブ連載で受け持ってきた。四半世紀にわたってアラスカの北極圏に連なるブルックス山脈を旅する冒険旅行家としても知られている。