「野湯(のゆ)」とは、自然のなかで自噴していて、人の手が加わった商業施設が存在しないような温泉のこと。海外ならともかく、「日本国内にそんな所が存在するのか?」と思う人もいるかと思うが、実は人知れず湧出している野湯は全国各地にある。
その形態は様々で、ヤブやガレ場、川の中など、道なき道のはてにある難関もあれば、遊歩道沿いやクルマが通行できる林道沿いにあり、誰でも行きやすい野湯もある。
スコップ持参で工事して湯船を作ったり、川の水や雪などで温度調節が必要な野湯も多いが、その工程を楽しむことも野湯の魅力。そうした野湯はいわば「自分達だけの城」だ。
この連載では、著者が体験した、手つかずの大自然の中で格別の満足感を味わえる野湯を、近場のキャンプ場の情報と合わせて紹介してゆきたい。
第1回目は、南国・鹿児島。桜島と並び火山として知られる霧島エリアの野湯へ。
底から湯が湧く天然の岩風呂~目の湯~
霧島温泉の「川の湯」は、野湯の中でも最もアクセスが簡単で、老若男女問わず誰でも勇気さえあれば入湯できるビギナー向けの野湯である。
霧島温泉の中心地「丸尾温泉」より県道1号、えびのスカイラインを霧島ホテル方面に向かう。しばらく行くと丸尾探勝路入口駐車場がある。
そこから遊歩道に入り、整備された軽い上り坂を、道なりに50mほど歩いて行くと「岩風呂」という標識が出てくる。
標識に従って進むとすぐに、霧島最古の岩風呂といわれる「目の湯」に着く。岩のくぼみに温泉が溜まっていて、一人で入るのにちょうどいい大きさの天然の湯船だ。
湯は無色透明で香りや味もないが、古来より目に良い温泉として知られており、この名がついたという。外から源泉が流れ込んでいる様子は無く、湯は岩の底から自然湧出しているようだ。
湯温の変化が激しいようで、熱すぎたり温すぎたりもする。もし適温なら是非入湯したい美しい温泉である。
遊歩道沿いなので人目が気になる場合は、遊歩道から外れ、沢沿いの上流に20~30m登った左岸の河原にも一人サイズの同じような湯船がある。ここなら、人目を避けて入湯できる。
私が訪問したのは7月下旬だったが、「岩風呂」には熱すぎて入湯は厳しかった。しかし上流の一人サイズの湯船は適温で気持ちよく入湯でき、森の中の渓谷の流れの心地よい音色に合わせて、思わず鼻歌でドリフターズの「いい湯だな~♪」が出てきた。
渓流の流れがそのまま温泉に!~川の湯~
目の湯から十数m先には橋がかかっている。その下を流れる川を見てみると──白濁した湯となっている。「川の湯」だ。
ここまでのアクセスは整備された遊歩道のみで、温泉街から浴衣姿でプラプラ散歩しながら来ることもできる。実際、私が訪れた時にも、旅館の名前の入ったサンダルを履いた浴衣姿の観光客が来ていた。子供と一緒に家族連れでも楽にたどりつけるだろう。
川の湯の湯は濃く白濁しており、湯に入ってしまえば中は見えづらいので、女性でも比較的、入湯しやすいはず。バスタオル巻きや水着で入浴したってかまわない。子供たちには、川遊びも兼ねられる絶好のフィールドである。
川全体が天然の温泉なので、どこでも好きなところに入れる。しかし湯温は場所によって熱かったり温かったり。
通常、目の湯の横の橋の付近は比較的ぬるめで、夏には適温。上流に遡るにつれて少しずつ湯温は暖かくなってゆく。
川の深さは数十cmほどで、溺れる心配はなく、流れがよどんだ湯だまりや、小さな滝つぼなど、ちょうどよい天然の湯船を随所に見つけられるはずだ。
春や秋であれば橋の付近から数十mくらい遡ったあたりが適温になっていることが多く、冬季であればそこからさらに数十mほど遡ればよいだろう。但し、外気温だけでなく雨の後などは沢から流れ込む水量が増えるため湯温は下がりやすく、さらに上流に行ったほうが適温の天然湯船は見つけやすい。
私が行った年は、7月下旬でも梅雨明け前で、前日に降った雨が周囲の山々から流れ込んでいた。ゆえに、夏にもかかわらず橋から30mほど上流で適温になっていた。しかも、適温の流れは数十m以上続いており、数カ所の天然湯船をハシゴしながら満喫することができた。