リバーツーリングで荒野のトイレを探す
僕が第二の故郷と呼び、過去四半世紀にわたって冒険旅行を続けてきたアラスカの北極圏でのことだった。約450kmにわたってとうとうと流れるノアタック川での川下りをするために、高い樹木が育たないツンドラの荒野のなかで3週間ほどを過ごしていた。
折りたたみ式のフォールディング・カヤックのシートに座っていると、お腹がなんだかムズムズとしてきたではないか。冷たい雨が降ったりやんだりを繰り返した日だったので、すっかり体が冷えてしまったのだろう。それに川の水は、氷河から溶け出した水だ。驚くほど冷たくて、カヤックの底面からも冷気が伝わってくる。
流れが穏やかな河原を見つけて、急いで岸に着けると3週間分の食料などを満載した荷室からトイレセットを取り出した。絶対に川に流されてしまわないように、できるだけカヤックを岸の上にあげてから、河原の奥のほうへと急ぎ足で向かったのである。
そして、川岸から50mほど歩いたところにちょうどいい茂みを見つけると、トイレスコップを手にして排泄物を埋められるように穴を掘った。柔らかな砂地を選んだのだけれど、河原であるから掘り進めていくとゴロタ石がスコップの先端にあたる。こんなときは、隙間にスコップを入れて石ころを掘り出していくが、このときはいつもと違う感触が手に伝わってきた。
「あれっ?」
握っていたスコップの柄が、急に軽くなった。
よく見ると柄の真ん中で、ポッキリと折れてしまっている。いやはや、待てよ。お腹はムズムズとしていて、この違和感を早く解消したい。でも、準備は、まだ整っていない。
山中でのトイレマナーとアラスカ流儀
アウトドアで活動する人ならば、誰もが守りたいトイレマナーがある。排泄物は、きちんと穴のなかに埋める。使用済みのトイレットペーパーは、持ち帰る。これは常識だけれど、ここでアラスカの荒野での流儀についても触れておこう。
まずは河原の奥のほう、つまり川岸から森が広がる方向へと歩いていって、窪地や流木の影など姿を隠せる場所を探す。そこでスコップを取り出して、10cmほどの深さの穴を掘っていくのだが、この深さにも理由がある。排泄物を分解してくれるバクテリアが、もっとも活発に活動してくれる深さが10cm程度なのである。これより浅くても、深くてもバクテリアの活動が少ないと言われているのだ。
穴を掘り終えたら、虫除けのスプレーを手にしながらパンツ(ずぼん)をおろす。そして、まずは太ももまわりに虫除け対策を行う。その次の段階でアンダーウェア(下着のパンツ)をおろすわけだが、お尻まわりに素早く、念入りに虫除けのスプレーを吹きかけなくてはならない。
これを怠るとトイレのあとで、大事な部分がかゆくて、かゆくて仕方がなくなってしまう。間違いなく、一日中不快感に悩まされることになるのだ。カヤックツアーならば、たえずお尻をカヤックの座席にこすり続ける一日となるだろう。
夏のアラスカでは、大量の蚊が発生する。無人の荒野では、彼らにとってカヤッカーは絶好の標的だ。しかも、お尻を出す場所が風を防いでくれる窪地や流木の影であるからして、蚊にとっては絶好の狩猟場なのである。そんな状況であるから、お尻まわりには必ず、躊躇せずに、素早く虫除けスプレーをひと吹き、ふた吹き、三吹きしてガードしなくてはならない。
さらに、彼の地はベアカントリーであるから、すぐに手が届くところにペッパースプレーを立てかける。万が一、森の茂みのなかから熊さんが現れてしまったら、素早くトリガーを引いて唐辛子エキスを噴射できるように臨戦態勢でコトに挑まなくてはならないのである。
最後に、ライターで使用済みのトイレットペーパーに火をつけて、穴のなかで燃やしつくしてから土を戻して埋めれば完璧だ。さらに僕は、同行者など誰かが同じ場所を折り返さないように、木の棒を一本立ててマーキングをするようにしている。山中では山火事の危険性があるため、使用済みのトイレットペーパーは持ち帰るのがベストだ。しかし、アラスカの北極圏の、なにも燃え広がるものがない広大な河原では燃やしてしまおう。